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餘慶寺 小林周伸住職が案内する
邑久大工が手がけた寺社建築めぐりを楽しもう
餘慶寺の三重塔は擬宝珠(ぎぼし)高欄(こうらん)つきの縁をめぐらして立ち、和様(わよう)を主体にして禅宗様をまじえています。一番上の三層目の垂木は扇の骨状に組んであり、普通の垂木と違って先の金物も1個ずつ形が異なります。大変手間のかかる細工で、大工の腕の見せどころです。
棟札には、邑久在住の田淵市左衛門繁数、田淵宇三郎勝孝の名が記されていて、邑久大工の系譜や建築様式を知るうえで貴重な建物です。 邑久の大工集団は17世紀後半から19世紀前半にかけて備前地方の寺社建築を手がけたことで知られています。大工棟梁を輩出した村の名から、山田大工あるいは宿毛大工とも呼ばれていました。
岡山県内には近世の塔建築が14基現存します。このうち、邑久大工によって建立されたものは半数の7基にのぼります。内訳は、三重塔が餘慶寺、曹源寺(岡山市)、金山寺(同市)、千光寺(赤磐市)、五流尊瀧院(倉敷市)の5基、多宝塔が静円寺(瀬戸内市)、安住院(岡山市)の2基です。
邑久大工集団を束ねる大工棟梁は山田村に本拠を置く尾方家・柴田家と、 宿毛村を拠点とした田淵家が知られていて、塔建築の請負は18世紀中ごろには尾方一統から田淵一門へと移っていきました。
塔を見るとき、逓減率(ていげんりつ)という数値を用います。これは初層に対する最上層の幅の割合を示していて、一般には古い時代ほど逓減率が大きく、新しくなるほど小さくなるといいます。田淵一門が手がけた三重塔は、この逓減率が餘慶寺の0.625をはじめとして中世的な数値を示しています。近世末期の塔建築には復古的な傾向があって、これを田淵一門が表現したとも受け取れます。
岡山県内には、近世以前を含めれば塔は19基あります。この数は京都府、兵庫県に次いで全国3位です。とりわけ三重塔は14基を数え、全国最多を誇ります。邑久大工の匠の技と併せて、見学をしてみてください。
<問い合わせの電話番号>
●餘慶寺 086-942―0186
●曹源寺 086-277-8226
●金山寺 086-228-0926
●千光寺 086-955-2075
●五流尊瀧院 086-485-0027
●静円寺 0869-22-0341(光明院)
●安住院 086-272-2320